2026/08/04

25.性格は変わる

子供の頃は私は無口でおとなしく、学校へ行かなければいけないから行き、しなければならないから勉強をする、ただ言われたことをする、そんな消極的な性格で、絵に興味もなく、何事に対してもあまり面白いと思うことがなく、小学生の頃クラスメートから「イクタさんって笑わない人間」と言われたことがあった。

大学でも真面目に出席して単位を取り、土日にバイトでをして、けれど特にやりたいことも夢もなく、だから自信も覇気も無く、就職活動では推薦で得た有名大企業の面接の機会さえことごとく失敗し、結局、某生命保険会社の(誰でも採用される)営業の仕事しか残っておらず、その時は自分に営業の仕事ができるかどうかなど考える余裕もなく、後ろへ下がることができない崖の上に立っているような気持ちで、仕方なくその会社に就職した。

とにかくどこでもいいから就職したかった。
当時はフリーターなど考えられなかった。
自分を変えるためと腹をくくり、仕事をするしかなかった。

そして終身雇用が当たり前の時代、一度就職したら簡単には辞めることができないから、毎日営業に行くしかなかった。

転職という考えは、(至極狭い)世間的に、認められていなかった。

人間、窮地に追い込まれると、するしかなくなる。
良くも悪くも、慣れる。

多分、昔は今より、我慢することが重要視されていたと思う。
それはそれで、結果的に、今に活かされ良かったと思う。

そして3年間、営業の仕事を続け、成績によって収入が増え、仕事が楽しくなり、仕事帰りに同僚と行く居酒屋で飲んだ日本酒が美味しいと感じるようになり、けれど成績の上下によって、何度も何度も気分が上下し、辞めたいという思いがグルグル巡るようになった。

別にしたくもない仕事で、
こんなに何度も何度も嫌な思いをして、
続けていかなあかんのやろ
か?
自分がほんまにしたかったことって、何?

そして高校生の時に警察官になりたいと思ったことを思い出した。

警察官なんて大変な仕事を自分ができるはずがないと思ったけれど、
でも、こんな内気な私が営業の仕事を3年続けることができたんだからやれるはず


と自分で自分に言い聞かせ、退職することを決意した。

当時はバブルが弾けたあおりで
大阪府警の婦人警察官採用10名に対し
応募者は1000名。

1次試験は合格するも
2次試験の適正テストで不合格だった。

警察官になる夢は、今思えば、ただの逃げ、でしかなかった。
きっぱりとその夢は諦めた。

そして、事務職の仕事を見つけ、就職した。
かつての私とは違い、自信を持って面接に臨み、採用された。

そしてまた、警察官採用試験の勉強をしたお陰で
気分転換に梅田の紀伊國屋へ行くことになり
アメリカの色鉛筆アート』を見て、生まれて初めて
真剣にやりたいと思うことが見つかり
休日に落ち着いて絵を描く時間を持つことが
できることにもなった。

だから思う。

この世の中、したい事と
しなければいけない事があって
もしも、したいことが何も見つからないのであれば
今はひとまず、しなければいけないことを
前向きに精一杯頑張っていれば
いずれ本気でしたいと思うことが見つかるんじゃないか、と。


したくなくて
しなくていいことは
しなくていい。

けれど私は、最近よくYouTubeで目にする
“頑張らなくてもいい、努力など必要ない、とにかくワクワクを選べ”
などの甘やかしの言葉や考え方には
眉をひそめている。