2025/04/20

8.ドイツでの部屋探し

 
2001年6月コンスタンツでの滞在を始めた次の日
早速、部屋探しをするため不動産会社を訪れた。

対応した女性に部屋探しをしたい旨伝えると、
部屋の紹介はできないと言う。
仲介手数料が高く、私には支払えないようなことを
言われたと思う。

いくらかかるのか尋ねると「高額」とだけ答え
新聞に部屋探しの記事が載っているから
そこで探すことができると言われた。

取り合ってくれないことに腹が立ったが返す言葉がなく
まるで路上生活をしないといけなくなったぐらいの
不安な気分になりホテルへ戻った。

新聞で探すって・・、ドイツの新聞なんて見たことないのに。
その日は眠れなかった。

翌朝、朝食を食べる前に急いでホテルのオーナーに
新聞を見せて欲しいとお願いした。
新聞のどこを見ればいいか分からないまま、
朝食の準備がまだできていないレストランのテーブルで
ドイツ語の辞書を片手に新聞を広げていると
一人の宿泊客がレストランへ入って来て
私にドイツ語で何かを尋ねた。

英語は話せるかと聞き返すと、
新聞がどこにあるかを聞かれた。
コンスタンツに転勤になり部屋を探すのだと言う。
何と奇遇な。
私も部屋を探していると話すと
手伝ってあげると言ってくれた。
何て親切な。何と幸運な。

一緒に記事を一つ一つ確かめ、私にも部屋の説明をしてくれ
そのドイツ人は良さそうな物件をチェックしていった。

朝食後近くの公衆電話へ一緒に行き
チェックした自身の部屋だけでなく
私の部屋の見学予約も取ってくれた。

今まで不動産会社を通さずに部屋を探したことがない。
ルームシェアもしたことがない。

住むことさへできればいいという気持ちで部屋を見て回ったが
私には選択権がないことに途中で気がついた。
ドイツ語が分からない私をルームメイトとして
招くかどうかは、住人が決めるのだ。

部屋探しを手伝ってくれたドイツ人は
数日後に自身の部屋を見つけた。
私は部屋が見つからなず不安を感じながら、
ずっと電話がつながらなかった部屋の住人に
電話をかけるとやっとつながり
部屋を見に行くアポを取ることができた。

翌日その家に行き、部屋を見せてもらった。

玄関から続く廊下を隔て、左右に2つずつドアがあり
右側に小さなキッチンと小さなバスルーム、
左側にそれぞれ鍵がかけられる2つの部屋があった。
その廊下の奥に、別の住人の部屋に通じる玄関扉がある。
一人の住人の居住空間を別の住人が通る、
不思議な建て方のアパートだったが、何の問題もなかった。

私は自己紹介をし状況を話すと、
部屋を貸すと即決してくれた。

住人は近くにあるコンスタンツ大学の学生で、
1年間アメリカへ留学へ行く間、家具付のまま部屋を
貸してくれるという。
家具や食器すべて自由に使うことができる。
ルームメイトはいない。一人で暮らせる。
本当に、何てついているんだ。

その部屋の住人にも、
部屋探しを手伝ってくれたドイツ人にも、
新聞を貸してくれたペンションのオーナーにも、
部屋探しを拒絶した不動産会社の女性にも、
全てのことに感謝した。

しかし新居の住人がアメリカへ行くまで数日あり、
まだ新居に入ることができない。

ホテルでの滞在を延長する旨話すと、
その住人は同じアパートの別の部屋に
空きがあることを教えてくれ、
親切にもアパートの大家さんに事情を伝えてくれて、
新居への引っ越しの日まで、その空き部屋に
滞在することができることになった。

家具のない小さな部屋に、
新居の住人が貸してくれたマットを敷いて寝た。

そして数日後ついに家具の揃った部屋へ入居することができ、
絵を描くことよりも何よりも、やっと生活が送れるという、
日本では当たり前だと思っていたことができることに
本当に感謝した。
本当に安堵した。



→ 9.ドイツの文化


2025/04/01

7.ドイツのワーホリ

 
2001年6月12日チューリッヒに到着し、
その翌日移民局へ行ってみた。

スイスで住んでみたい。
でもスイスにはワーホリ制度がない。

スイスのビザはどういったものがあるのか、
聞くだけ聞いてみようと思った。

ホテルのフロントで移民局の場所を尋ね、
地図を確認しながら行った。途中で、
通りすがりの人に移民局の場所を尋ねると
すぐそこだよと教えてくれ、別れ際に
"Good luck!"と言ってくれた。

移民局の受付で窓口を案内され、
自分の呼び出し番号まで待った。
本当は、アーティストとして滞在するための
ビザがないかを尋ねたかったが、恥ずかしかった。

自分の番号が呼ばれ、スイスのビザについて尋ねると
「スイスに住みたければ、就職するか
スイス国籍保持者と結婚するかです」と言われた。

リアリティバイツ。
現実は厳しい。

でも私にはドイツでの滞在ビザがある。
気を取り直してチューリッヒの駅へ行き、
コンスタンツまでの切符を購入した。

次の日コンスタンツに到着してすぐ、
駅に隣接する観光案内所で、ホテルの予約ができるか尋ねた。

部屋探しに最低でも1週間かかるだろうと、
コンスタンツの駅近くのホテルで空き状況を確認すると、
その当日1泊だけしか空きがなかった。

コンスタンツで数日間のイベントがあり、
一週間空きのあるホテルはないという。
焦った。が、仕方がない。

駅から離れた郊外の手頃なホテルで空きのある
3日後から1週間分の予約を取り、それまでの間は
他の街を見てみようと『地球の歩き方』を調べた。

何となくシュトゥットガルトへ行くことにした。
案内所で対応してくれた若い男性はとても親切で、
シュトゥットガルトで2日間滞在するためのホテルも
手配してくれた。

シュトゥットガルトは都会の街だった。
自動車に興味はなかったが、折角ドイツへ来たからと
ベンツ博物館へ行った。

車体の光沢感を描きたいと思い何枚も写真を撮ったが
未だ、それらの車の絵を描いたことはない。

コンスタンツへ戻り、予約していたホテルへ向かった。
駅から約40分間のバスの道のりで、目に入る景色すべてが、
望んだどおりの自然溢れる風景だった。
不安よりも期待が大きく膨れた。

とりあえず1週間滞在することになったホテルの部屋は
ベッドと一人用テーブルがやっと置けるほどの
小さな屋根裏部屋だった。

その狭さや、テーブルにかけられたオレンジ色の
チェック柄のクロスや、ベッドに横になり屋根のガラス窓から
夜空を見た時の気持ちを、20年以上たった今も覚えている。

とにかく嬉しかった。
早く部屋を見つけて、絵を描きたいと思った。



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