2001年6月コンスタンツでの滞在を始めた次の日、早速部屋探しをするため不動産会社を訪れた。
対応した女性に部屋探しをしたい旨伝えると、部屋の紹介はできないと言う。仲介手数料が高く私には支払えないようなことを言われたと思う。いくらかかるのか尋ねると「高額」とだけ答え、新聞に部屋探しの記事が載っているからそこで探すことができると言われた。
取り合ってくれないことに腹が立ったが返す言葉がなく、まるで路上生活をしないといけなくなったぐらいの不安な気分になりホテルへ戻った。新聞で探すって・・ドイツの新聞なんて見たことないのに。その日は眠れなかった。
翌朝、朝食を食べる前に急いでホテルのオーナーに新聞を見せて欲しいとお願いした。新聞のどこを見ればいいか分からないまま、朝食の準備がまだできていないレストランのテーブルで、ドイツ語辞書を片手に新聞を広げていると、一人の宿泊客がレストランへ入って来て私にドイツ語で何かを尋ねた。
英語は話せるかと聞き返すと、新聞がどこにあるかを聞かれた。コンスタンツに転勤になり部屋を探すのだと言う。何と奇遇な。私も部屋を探していると話すと、手伝ってあげると言ってくれた。何て親切な。何と幸運な。
一緒に記事を一つ一つ確かめ、私にも部屋の説明をしてくれ、そのドイツ人は良さそうな物件をチェックしていった。朝食後近くの公衆電話へ一緒に行き、チェックした自身の部屋だけでなく、私の部屋の見学予約も取ってくれた。
今まで不動産会社を通さずに部屋を探したことがない。ルームシェアもしたことがない。住むことさへできればいいという気持ちで部屋を見て回ったが、私には選択権がないことに途中で気がついた。
ドイツ語が分からない私をルームメイトとして招くかどうかは、住人が決めるのだ。
部屋探しを手伝ってくれたドイツ人は数日後に自身の部屋を見つけた。私は部屋が見つからなず不安を感じながら、ずっと電話がつながらなかった部屋の住人に電話をかけるとやっとつながり、部屋を見に行くアポを取ることができた。
翌日その家に行き、部屋を見せてもらった。玄関から続く廊下を隔て、左右に2つずつドアがあり、右側に小さなキッチンと小さなバスルーム、左側にそれぞれ鍵がかけられる2つの部屋があった。その廊下の奥に、別の住人の部屋に通じる玄関扉がある。一人の住人の居住空間を別の住人が通る、不思議な建て方のアパートだったが、何の問題もなかった。
私は自己紹介をし状況を話すと、部屋を貸すと即決してくれた。住人は近くにあるコンスタンツ大学の学生で、1年間アメリカへ行くため家具付の部屋を1年間貸したいという。
私の1年間のワーホリビザが切れる頃に、また住人が帰国するためそのまま部屋を返すことになる。ルームメイトはいない。一人で暮らせる。家具や食器すべて自由に使うことができる。本当に、何てついているんだ。
その部屋の住人にも、部屋探しを手伝ってくれたドイツ人にも、新聞を貸してくれたペンションのオーナーにも、部屋探しを拒絶した不動産会社の女性にも、全てのことに感謝した。
しかし新居の住人がアメリカへ行くまで数日あり、まだ新居に入ることができない。ホテルでの滞在を延長する旨話すと、その住人は同じアパートの別の部屋に空きがあることを教えてくれ、親切にもアパートの大家さんに事情を伝えてくれて、新居への引っ越しの日までその空き部屋に滞在することができることになった。
家具のない小さな部屋に、新居の住人が貸してくれたマットを敷いて寝た。そして数日後、家具の揃った部屋へ入居することができ、絵を描くことよりも何よりも、やっと生活が送れるという、日本では当たり前だと思っていたことができることに本当に感謝した。本当に安堵した。