2025/05/10

9.ドイツの文化


2001年当時、ドイツの通貨はマルクだった。
ドイツの物価は日本よりも安く感じた。

2002年1月1日にユーロに変わった時に
色んな物が便乗値上げされたようだが
それでも物価高を感じることはなかった。

スーパーで売られているジャガイモやその他の野菜、
ウインナーやチーズがとても安くて驚いた。
それに美味しかった。

“ドイツならでは”あるいは“コンスタンツならでは”と
感じることもあった。空瓶をスーパーに持参し
スーパーに設置されている機械に空瓶を入れると
お金が返金されるデポジットの習慣があった。

またスーパーでは、自分の買い物袋に商品を入れて
店内を巡る客を見かけて驚いた。
買い物袋に入れた商品を、レジで全て取り出し
買い物袋が空になったのをレジの店員に見せ
料金の支払いをしていた。

厳格でルールに厳しいドイツのイメージを
垣間見た気がした。

また20年前の日本ではまだ、買い物袋が必要か否かが
尋ねられることはなかったが、ドイツでは当時から
「Eine Tüte?/ 袋は?」と聞かれた。
外国人の私だけにではなく全ての客に対して、
文章ではなく短い言葉で"Eine Tüte?"と尋ねる習慣も
日本とは全く違うと思った。

車の通行も人通りもない赤信号でも
歩行者の人たちは青になるまできちんと待っていた。
バス停でバスを待っている時、見知らぬ人が
「Guten Tag/こんにちは」と挨拶してくれることが
度々あった。

コンスタンツの街にあるCDショップでは
ビニール包装がされていないCDが店頭に並び
すべてのCDが視聴できるようになっていた。
客はみな、店員に確認することなく気になるCDを
店内のCDプレーヤーで視聴し、聞き終わると
CDケースに入れ、元の売り場へ戻していた。

人が法律を守らなければならないのは当たり前。
ドイツは何だか、居心地良く感じた。

一方で、日本を出て分かる日本の良さが多々ある。
どこにでもトイレがある。
無料でトイレが使える。
温泉がある。
美味しい魚が食べられる。
チップの支払いがない。
ホスピタリティーに溢れている。

でも当時の私にとって、自然に囲まれたコンスタンツは
まるで天国だった。目にする景色すべてを
絵に描きたいと思った。

実際、朝から晩まで絵を描き続け
早く翌朝にならないかと思いながら就寝するほど
絵を描くことが楽しくて仕方なかった。

部屋を借りる前に一週間泊まっていたホテルの
オーナー夫妻と親しくなり、新しい家に住み慣れたことを
伝えに訪れた際、「ベッドメイキングをしていた人が辞めたから、
代わりに仕事をしないか」と聞かれ、
アルバイトをしながら絵を描く生活が始まった。

自転車を購入し、30分かけてバイトへ向かう道中
美しい自然を目にするたび、今まで感じたことのない
幸福感を感じた。



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