ドイツでのワーホリ生活が半ば過ぎた頃、絵を描きながら日本へ帰国した後のことを考えた。例えば画家になれたとして、独り黙々と絵を描き続ける生活を想像してみた。それは私のしたいことじゃない、何か違うと思った。
コンスタンツでの1年間の滞在を終え、仕事について明確な考えはないまま日本へ帰国した。
ひとまず、色鉛筆の可能性の幅広さを知ってもらいたい、描いた絵を見てもらいたいと思い、個展をしようと思った。
まずは、帰国後4ヵ月間で描いた絵も含め、20枚ほどの絵を額縁店へ絵を持って行き、額装した。一枚一枚、色んな額に当てどれが試すと、額によって見た目の印象が変わり、時間をかけてじっくり選んだ。
そして、情報誌で貸しギャラリーを探し、見よう見まねで案内状を作り、色鉛筆メーカーや芸術系の雑誌社へ案内状を送った。ギャラリー近くにあるラジオ局の番組へも案内状を添えて手紙を送った。すると、番組DJさんとスタッフの方が見に来てくれ、まさかDJさんが直々に来てくれると思っておらず、腰をぬかすほど驚き、緊張し、お礼を言うのがやっとだった。
そして個展を紹介してもらったお陰で、一週間の会期中、多くの人に来てもらうことができた。
また、ある色鉛筆メーカーの方が来られ、名刺をいただくことができた。後日その方から連絡があり、取引先の百貨店で行なわれる色鉛筆画の一日体験レッスン講師の依頼をいただいた。
絵を教えた経験はなかったが即座に引き受けた。二時間のレッスンを頭の中でシミュレーションし、自分がどうやって描くことができるようになったかを整理し、描く課題や、使う色鉛筆の色や、話す内容を考えた。
当時はまだパソコンを使い慣れておらず、画用紙に描いた自作のピーマンの絵を写真に撮り、写真を紙に貼り、レッスンテキストとしてコピーを取り、準備を調えた。
午前・午後各15名の枠は満席になり、レッスン当日を迎えた。
レッスンで何を喋ったかは覚えていないが、レッスンが終わった時に、それぞれ見ず知らずの参加者同士まるで十年来の友達のようにお互いの絵を褒め合い、楽しそうに話す様子を見てとても嬉しくなり、教える仕事を続けたいと思った。
早速、講座が開けるよう資料を作成し、カルチャーセンターを訪問して回ることにした。
大学生の時には好きな英語を活かせる仕事がしたいという漠然とした考えしかなく、就職活動がうまくいかず、唯一残っていた営業職の求人票を見て、内気な性格を変えるためだと腹をくくり、結局3年間、営業の仕事をした。
その経験がこんな形で活かされることになるとは、思ってもいなかった。