2025-08-19

20.アートレッスン再開

日本へ帰国後、コロナ禍になりステイホームが始まった。

折角の時間を使い、以前から疑問に思っていた、脳のしくみについて調べた。

絵を描くために日々観察している自然界のと、科学界で観測され認識されるの、捉え方がまるで別物のように感じたことがあり、また、かつては描けなかった絵が描けるようになった、自分の脳のしくみが知りたかった。

本を読み、ネットを検索し、納得のいく自分なりの答えが見つかった。その考えを整理するために、またブログを書きたいと思っている。

以前は、自分の考えを他人に話すことは好きではなかったが、気持ちが変化した。コロナ禍の時期を境に、自分自身も色んなことが変化した気がする。

科学や光や歴史に関するYouTubeを見ていると、都市伝説や神話や占いなど非科学と言われる動画が関連に出てきて、いくつかのタロット占いの動画を見てみると、どの動画でも、自分の考えをもっと発信した方が良いと言われた。

他人に指図されて何かを始めるのは好きではない。頭の中で理屈を捏ねて、1年経って、ブログを始めた。

初めは、色鉛筆好きの人の役に立てばと、技法などについて書いていたが、何だか違うと思い、やめた。

今は自分のために、スパゲッティのように絡まった頭の中を整理するために、ブログを書いている。

帰国後、新たな仕事もした。各地で行なわれる様々なイベントの会場で、販売促進やアプリ登録のサポートをするのが業務だった。都合の良い日だけ勤務ができるのも、とても有り難かった。

四国や九州や関東など、勤務日の前日から出張として一人で出向くことができ、早めに着いてレンタサイクルを借り、観光し、温泉を巡った。

野外で仕事する時の、季節ごとの寒暖の厳しさは辛かったが、色んな場所へ行けることが楽しく、行く先々で色んな人と話し、考えを聞くことができるのも良い経験だった。

コロナ禍が明け始めるまでの3年間その仕事を続けたが、なんとなく契約更新をしない方が良いと思い、イベントの仕事を終えることにした。

すると直後、ご縁があって公立学校の美術部指導員採用のお話があり、また同じ2024年春、色鉛筆アート教室を再開し、今に至っている。



2025-08-10

19.アート探訪 2019

 折角ウィーンへ来たしアートに触れ、したいことをしようと思った。

ウィーンの街を歩き回り、検索して見つけた郊外の画材店を見に行った。画材店の大きな店内を見終わり帰ろうとした時、店頭に掲示板があることに気づいた。掲示板には色んなチラシが貼られてある。

再び店内に戻り、レジの店員さんにアートレッスンの貼り紙を貼らせてもらえないか尋ねると、すぐに許可してくれた。

私が絵を教えるかわりにドイツ語を教えてもらうExchange Lessonのポスターを、日本から持っていったパソコンで作り、街の印刷屋さんでプリントアウトし、再度、画材店を訪れ掲示板に貼った。




数日後、2人の女性から連絡があり、レッスンを行なうことができた。




旅もした。

今や、アプリで列車や高速バスのチケットが取れる。ミュンヘン、ニュルンベルグ、ライプツィヒ、ドレスデン、ザルツブルクを旅した。感動を共有できない寂しさはあるが、好きな所を自由に回れる一人旅は気楽だ。

ユースホステルや安いバックパッカーのホテルに泊まり、大声で話す客の声で眠れず、近くのマクドナルドへ行ってビールを飲んだ。その時、人によく言われるが、なるほど自分はフットワークが軽いのだと思った。

ドイツのマクドナルドにはビールが置いてある。ポテトをあてに飲んだビールは美味しかった。





そして各都市で、美術館や博物館を訪れた。

ウィーンでの滞在を終えて帰国する前に訪れたオクスフォードに、Ashmolean Museum of Art and Archeologyという博物館がある。

一日ではとうてい見ることができないほど数多くの美術品があるにもかかわらず、入場無料だった。





あまりに広いので、一角のベンチに座って休憩し、前を通り過ぎる人たちを見るともなく見ていた。

一枚一枚、丁寧に絵を鑑賞する人もいれば、さぁ~っと通り過ぎる人もいる。けれど、結構な確率で立ち止まる一枚の絵があった。

建物の屋根と煙突が描かれたその絵は、一部分だけが一瞬写真のように見え、「ん?」という声が聞こえてきそうな反応で、みんなが同じように顔を近づけて絵を確認する様子が面白かった。

その様子を見た後に、所せましと絵が展示されている一室に入った。






まるで写真のように描かれた絵を見て、私は“どうやって描いたんだろう?どうしたらこんな風に微妙な色の違いを作ることができたんだろう?”とマジマジと絵を鑑賞し、ベンチに座って結構長い時間そこにいた。

しかし部屋に入ってくる人の数は少なく、入って来ても殆どの人が、小さな部屋を足早に回って出て行った。

その様子を見て、“たぶん私も絵を描いてなかったら、どの絵もぜんぶ同じように見えてしまって、こんなにもじっくり観ることはなかっただろうなぁ”と思った。

でも同じ、絵を描く立場でこれらの絵を見て、“この画家達は、自分の絵をじっくり観てもらえず、こんな狭い部屋にぎゅうぎゅうに飾られ、きっと哀しいだろうなぁ”と思い、人の興味のハヤリとスタリと時代の移り変わりをしみじみ感じた。

それにしても、カラー写真の印刷技術も未だない時代に、自らの手を動かし、絵筆を操り、“どうすればこんな美しい色彩を作ることができたんだろう?”と、当時の芸術家の色覚の鋭さに感心して、館内を見て回った。



Amelia by François-Hubert Drouais


A Girl with a basket of Fruit by Lord Frederic Leighton


まだフィルムカメラで写真を撮っていた数十年前、店によって焼増の仕上がりの色に違いが出ていたことを思い出し、実感する。


そもそも、写真に現像された色は、実物の色とは違っている。
見る人それぞれの色覚によって、色の見え方は異なっている。

これらの絵に描かれた色彩も、この絵を描いた画家の眼に見えた色でしかなく、或いは画家の作りたかった色でしかなく、実際の色は、もはや誰も知ることはできない。


・・・・・・


日本へ帰国して、間もなくコロナ禍が始まった。何が起るか分からない。過去の長い歴史に浸った後に、想像もしなかった現実に戻り、近い未来を心配した。

ともあれコロナ前に帰国していて本当に良かったと思った。